嫌韓本とシンガポールと戦争と

本屋を歩いていたら、嫌韓本がホントに目につく。今日行ったジュンク堂は控えめなほうだと思うが、売り上げはかなり大きいのだろう。

 

3月にシンガポール人の友人と久しぶりに再会した。彼女は、いわゆるママ友で日本、特に北海道がお気に入りのようだ。

彼女には、大学受験を控える息子がおり、進学先について頭を悩ませていた。入試で苛烈な競争を強いられるシンガポールの大学ではなく、留学も視野に入れている、というので日本の大学はどうかといったところ、意外な返事が返ってきた。

「私の父親が日本だけは絶対ダメだというの」

即座に、戦争の記憶?と聞くと、そうだ、と答えた。シンガポール高齢者は日本語で教育を受け、今でも流暢に日本語を話す人がいる。ただ、彼らにとって日本占領時の体験は、決して良い思い出ではない。彼女の父親の身内も、当時行方不明になったままだそうだ。

 

10年前、現地で暮らしていたが、シンガポールが過去を忘れてはいないことに気づかされた。

日本の閣僚が靖国参拝をした時には、新聞に抗議の社説が大きく載せられた。義母が遊びにきて、タクシーに乗ったところ、A級戦犯の名前を書いた紙を見せられた、と言っていた。また、シンガポール建国記念日を祝うセレモニーの中継で、インタビューされた小学生が、「また日本が攻めてきても、国を守れるようになりたい」というのをきいて、のけぞってしまったこともある。

 

私たちが、過去の汚点から目をそらしても、やられたほうは、忘れない。

リメンバー、パールハーバー。トランプも来日直前にそう言っていた。

 

私たちは、同じことを繰り返さないためにも、何をしたのか事実を省みる必要がある。

幸いにも、シンガポールの人達は、過去の日本人と私達を切り離して付き合ってくれている。それは韓国でも同じだろう。海外で出会った韓国人の友人達はみな、優しかった。そのこととは別に、私たちは歴史に真摯に向き合うべきだ。そうでなければ、いずれ海外の友人達からの信頼を失うだろう。